昭和初期の警句

池内紀 文学フシギ帖 読書中。

文学フシギ帖――日本の文学百年を読む (岩波新書)

文学フシギ帖――日本の文学百年を読む (岩波新書)

この本は著者が『北海道新聞』に平成18年1月から4年間連載していたものをまとめたものだそうで、いろいろな文学者のさまざまなフシギを秘めた作品が紹介されている。新聞連載とあって、ひとつひとつが短いので、寝る前にいくつか読むのが最適。

今読んでいるのは「佐藤春夫の故郷」。昭和10年代初めに小山書店の「新く風土紀叢書」というシリーズがあった。このシリーズ、いろいろな文学者が自分の故郷を訪ねて書いているだが、佐藤春夫だけが東京を一歩も離れずに、故郷熊野のことを書いている。その題材は曾祖父が遺した長歌長歌といっても、わずか29行の歌と返歌一つ。曾祖父が故郷を歌った長歌1行ごとに、詳細な注解を付けていくことで、熊野の風土と暮らしが浮かび上がっていくというのが佐藤の趣向であった。

その中で「玉の浦」と呼ばれる美しい浜に鉄道を通したことを鋭く批判した一説を筆者は引いている。佐藤の文章の引用部分は以下のとおり。

悪政客と奸悪な俗吏の自己の栄達を求めて汲々たる輩とが相結んで土地開発国家事業の美名の下に、純樸に平和な地方人の民心を傷つけた戦慄すべき事実

土地開発国家事業」のところに、大震災後に起きているあの大問題を入れてみると、全く違和感がないことに暗然とさせられる。