旅順と南京

一ノ瀬俊也 旅順と南京 読了。

日中五十年戦争の起源 旅順と南京 (文春新書)

日中五十年戦争の起源 旅順と南京 (文春新書)


明治27(1894)年に起こった日清戦争を、
昭和12(1937)年の日中戦争の起源ととらえ、
明治の日本の兵士たちが中国大陸で何を目撃したのか、
彼らの体験は昭和の戦争にいかに引き継がれ、
あるいは引き継がれなかったを問うたもの。
一ノ瀬氏はあとがきに、
近代日本の戦争を読者一人一人が多面的に考える
「素材」を提供したかったと記しています。
とかく互いの価値観の押し付け合い、
空中戦に陥りがちな戦争の議論に具体的な素材を提供する、
その意図に本書は十分に応えているように思います。


なかでも、日清戦争日本陸軍第二軍に属して、
前線の部隊に食料を輸送する仕事をしていた
軍夫丸木力蔵の絵日記はとても面白い資料です。
この日記により兵士の後から物資を担いでいく軍夫という新しい視点から、
戦争の後姿を描き出すことができたと一ノ瀬氏は記しています。
そして、もう一人この軍夫と同じ第二軍に属して、
遼東半島で戦った第一師団歩兵第二連隊上等兵
関根房次郎の従軍日記「征清従軍日記」により
最前線と最後尾から戦争の姿が描かれていきます。


それにしても、
二つの日記からあぶり出される日清戦争下の旅順虐殺事件と、
その後の日中戦争下の南京虐殺事件との共通性には驚きました。
軍夫丸木は旅順で多数の清国人が殺害される場面を見ていますが、
その最たるものとして、捕虜の試し切りを記録していることがあげられます。
それらの原資料の積み重ねを通じて、
一ノ瀬氏は
「明治のことはよかったのに、昭和になると日本人の道義が低下した」
という議論が無意味であるとして、
こうした残虐行為は時代は問わず戦争一般に
必ずついて回る問題であることを指摘しています。
ある意味、日本が長い戦争に突入していく、
原点の問題はすべて日清戦争につまっていたのかもしれません。