それでも、獅子文六ちんちん電車 (河出文庫)だけはじりじり読み進めています。
それだけ面白いということ。
本の中にこんな一節がありました。


品川から乗り込んだ客は、約二十名。
午後三時頃だったが、学生風の若者が多く、
中年の男女がこれに混じる。
二十人乗っても、座席は、ガラガラ。
これが現代の都電の長所であって、昔はいつも混んだ。
しかるに、路面電車撤廃論者は、
空いているということをタテにとって、
無用性を強調するが、冗談じゃない。
ラクに坐れるということが、
文化国家の交通機関の条件であって、
満員スシ詰めでないと、乗物の気分が出ないというのは、
痴漢と心得ていい。


この本が刊行されたのが、昭和41年。
文六が予想したとおり、
その後都電は次々と姿を消していきます。
そして、現在の日本には、
効率化、コスト削減、拝金主義などの文字がおどっています。
この文化国家とはほど遠い姿は、
都電をはじめいろいろなものを
切り捨てることによりつくりだされたように思えてきます。
国民をコスト削減のかけ声のもと、
都会に満員スシ詰めにする痴漢国家のなかでは息がつまります。