今日本棚から取り出してきたのは、
山川菊栄武家の女性

武家の女性 (岩波文庫 青 162-1)

武家の女性 (岩波文庫 青 162-1)

この本は
幕末の水戸藩の下級武士の家に育った母千世の思い出話しをもとに、
武士の生活をいきいき記したもの。
200ページ弱の薄い本ですが、
まだ通読できず、面白そうなところを拾い読みしているところです。
巻末の解説は芳賀徹氏。
そこに印象的な写真が一葉紹介されています。
この本の主人公である作者の母千世と作者菊栄とが並び立つもの。
このたった一枚の写真から、
芳賀氏は二人の根っこにあるものをさりげなく読みとって提示しています。
この短い解説だけでも十分な価値があるように思います。


今日はその中の一節。
「すまい」というタイトルの冒頭にあります。


邸の敷地は藩から賜ったものですが、
家は銘々で建てるのですから、
地租も家屋税もいらないにしても、
修繕改築の費用はもたなければならず、
武士の貧乏もだんだんひどくなってきた幕末には、
母屋はなくなって跡形もなく、
古びた門長屋に家来の代わりに御主人が住んでいるのも
ちょいちよいあったくらいで、
新築の家などというものは見たことがありません。
頑丈な田舎普請ですから永持ちがしているようなものの
どこの家でも何代も住んでいることですし、
煙突もないかまどをぼうぼう台所でたきつけるのですから、
家の中は煤けて黒びかり、
畳は踏みへされてケバがたち、
障子はつぎばりだらけ、
田舎の庄屋のような、
質素といえばいえましょうが、
なにぶんにも古びてうす暗い感じです。


武士の家のにおいまで伝わってきそうな文章です。
いくら絵図や古文書が残っていても、
このような実感的な文章はとても書けそうもありません。