原点の本

鈴木俊幸 蔦屋重三郎 読了。

蔦屋重三郎 (平凡社ライブラリー)

蔦屋重三郎 (平凡社ライブラリー)

本書(平凡社ライブラリー版)は、若草書房から1998年に刊行された本に、いくつかの補論を増補したもの。宝暦天明期の田沼意次時代は軟派な戯作・浮世絵を得意としていた蔦屋は、寛政期の松平定信の改革政治を契機に書物問屋仲間に加入、儒学者・仏書、さらに教訓・心学など堅い学問の書物へと参入していく。蔦屋というと、つい寛政3(1791)年に出版した洒落本の統制違反により身上半減、作者の山東京伝は手鎖五十日と、改革政治の被害者と思いがちだが、時代の流れの先を読み、巧みにその時代にフィットした書物を取り扱い、流通させているのである。なかなかしたたかな本屋である。

山本英一氏の解説にあるように、本書には四書五経にひらがなを施した平易で自学自習できる書物「経典余師」についてさらりと言及しているが、これが著者の後の江戸の読書熱―自学する読者と書籍流通 (平凡社選書 227)につながり、平凡社ライブラリー版では割愛された部分が、別に『蔦重出版書目』としてまとめられ、さらに絵草紙の部分が絵草紙屋 江戸の浮世絵ショップ (平凡社選書)に、黄表紙江戸の本づくし (平凡社新書)へと展開している。蔦屋重三郎が根っこにあり、そこから派生したものがいろいろな分野で開花しているのであり、著者の原点の本といえるのだろう。

なお、著者の本として書籍流通史料論序説が刊行されたばかり。機会があったら読んでみたい。

書籍流通史料論 序説

書籍流通史料論 序説