越智の随筆「ねさめのよまい」4

蘭方医学の優位性を認識した越智は、幕末の医療の現状について次のように嘆いている。

しかし、ここに疑いが生じる。近来は諸国に蘭学による医療が開かれつつある。ただ、江戸の幕府医官や京都の医官は少しも蘭方による医療を用いようとしない。これらの人物の中にも知識ある人も当然いるだろう。医者という職業は、自分の医療によって人の生死が分かれる大任であるので、蘭方医の説を見聞しないということはあってはならない。それなのに少しも蘭方の説を気にかけず、それを拒むことまるで敵のようにしている人もいると聞く。それは公明正大な医者の心とは言いがたい。医者は他の職業とは違い、書物と生身の人間のことなので、理を極めて治験を積み重ねたとしてもはっきりと分からないところも残る。それは現在の世に、たとえ中国の戦国時代の名医、扁鵠が現れたとしてもである。一生のうちにこれでよしと済ますことができないのが医者である。それなのに自分の心を公正にせず、偏った物の見方をする者があるのは実になげかわしいことである。

幕府医官や京都医官が蘭方を用いようとしないとするあたり、ドラマ『JIN−仁−』や『陽だまりの樹』にも描かれている幕末の漢方医蘭方医の対立を思わせる。また、越智は医者は生身の人間を扱うので、どんな治験を重ねても分からない所は残ると考え、常に開かれた公明正大な心で医療に当たらないといけないと説いている。このあたり、現代の医者にも通じる考えである。種痘に一生を捧げた緒方洪庵を連想するが、幕末期に越智が記すような医者の職業倫理が誕生していることは注目に値するだろう。