幕末の京都の空気

管宗次 京都岩倉実相院日記 読了。

京都岩倉実相院日記―下級貴族が見た幕末 (講談社選書メチエ)

京都岩倉実相院日記―下級貴族が見た幕末 (講談社選書メチエ)


実相院日記は、
京都市左京区にある門跡寺院
岩倉実相院の歴代門跡にお仕えする坊官が、
260年余りにわたって書き継いだ膨大な日記。
この本では膨大な日記の中から、
幕末に絞って内容が紹介がされている。
というのもこの時期、
実相院は一人の日記の書き手を得ている。
若くて元気で筆が立つ松尾刑部という男。
事件というと、
浪士捕縛でも三條河原の晒し首でも見にいく、
情報を集めるという好奇心旺盛な人物。
この書き手を得て、
日記の中に幕末の京都の空気が綴じ込められてゆく。
鎖国だ開国だ、公武合体だ攘夷だと歴史の渦に飛び込む人。
松尾刑部はそれを傍目で見て、ひたすら書き続ける。
あの岩倉具視が実相院の境内の一画に蟄居して、
維新の英傑が密談に訪れたはずだが、
日記には改築増築の普請の様子をわずかに記すのみ。
そして、明治維新になると、
坊官たちは時代遅れのものとされ、
門跡寺院を廃止により行き場を失う。
岩倉具視の駒となり、栄達した勝ち組もいれば、
関わりはありながらも時流に乗ることもできず、
負け組となって埋もれていく松尾刑部のような男たちもいた。
でも、松尾刑部はこれだけの記録を残したのだから、
まだ幸せの方の部類に入るのかもしれない。
明治元年3月15日、
松尾刑部は珍しく日記に自らの感想を記している。


向後如何可相成かは知らねど
此石坐(いしくら)の山中に住して
金銀をむさぼらず、
美食を不好しているのは
誠に安心なる興界不過之、
後世に至りても
必々人の繁華美麗を羨むことなかれ


これから大河ドラマなどで坂本竜馬一色になっていくだろう。
その中でこんな述懐を抱きながら、
人知れず死んでいった人物の方に私はシンパシーを感じる。