近世地域文化史の新視点

青木美智男 日本文化の原型 読了。

全集 日本の歴史 別巻 日本文化の原型

全集 日本の歴史 別巻 日本文化の原型

江戸時代の文化を頂点からではなく、裾野から捉えた著作。
文化史をつくりだす側からだけでなく、
それを享受する社会や個人の立場も組み込んで描くことが、
この本のねらいとして最初に記されている。
庶民の目線で描く文化史である。
近年の研究成果を取り入れながら、
随所に新しい視点も見られる。


例えば書画。
旧家を調査すると、
真偽は分からないながらも、
有名人の名前が入った書画が大量に出てくることがあるが、
青木氏はそうした書画も住まいを豊かにする道具として、
積極的に評価している。
実際に信州佐久郡八満村の名主
林四郎左衛門が記した「きりもくさ」には、
谷文晃の門人がこの地域から出たことをきっかけに、
文晃の絵とされるものが広がっていったことが紹介されている。
床の間に花を生け、壁に風景画の掛け軸を掛けて、
その風情を楽しむような文化的生活が、
文化文政期の村に定着していったことを、
青木氏は読み解いている。


また、
江戸時代の文字社会の発展に不可欠なものとして、
文房具や紙の問題も取り上げている。
江戸時代後期、村々においても
俳諧、和歌、漢詩などの文化活動が盛んになるが、
それを生み出した文房具や和紙を
村人がどのように手を入れていたのか、
案外分かっていないというのである。
天保14(1843)年、武蔵国橘郡の村々十七ケ村の
農間余業を書き上げた資料を見ると、
兼業も含めてほとんどの村で紙、筆、墨などを売っていたようだが、
村に入ってくるそれらが
どのように生産され、流通しているのか、
踏み込んで記されている。


江戸時代を村々が搾取にあえいだ暗黒の時代だっととする
イメージの転換をはかる一冊で、
近世の地域文化史研究の到達点を知る上で、
格好の本と思われる。
ところどころに挿入される、
小林一茶の俳句や式亭三馬の読本から、
時代を読み取る軽妙な部分も面白いところ。
それにしても、このシリーズ、
旧石器時代から現代までの日本の歴史を、
全16巻で構成しているが、
この巻だけがそれとは別に別巻扱いとなっている。
江戸時代部分に配列しても構わないような気もするが、
なぜこの本だけが別巻扱いなのか、
やや不可解。