歴史と文学の架け橋

高橋章則 江戸の転勤族 を読了。

江戸の転勤族―代官所手代の世界 (平凡社選書)

江戸の転勤族―代官所手代の世界 (平凡社選書)

「菊田泰蔵」「尾崎大八郎」の二人は、
全国各地に転勤しつつ幕領の地方支配末端を担った代官所の手代である。
ところが、
19世紀に増えていった狂歌の作品集である撰集を丹念にみていくと、
手代のもう一つの顔、地域文化をリードしていく狂歌作者としての顔が浮かび上がってくる。
歴史と文学のそれぞれの個別研究の視点からは、
確かに高橋氏が言うように代官手代と狂歌とは普通結びつかない。
そこに架け橋をかけることで、
一人の人物の中に二つ世界があったことが見えてくる。


高橋氏の研究は、
狂歌作品が質的に低下したとされ、
これまで見向きもされなかった19世紀の狂歌撰集を追跡していくことで、
代官手代が実は狂歌作者でもあったことを発見している。
それは鈴木俊夫江戸の読書熱―自学する読者と書籍流通 (平凡社選書 227)で、
取り上げた『経典余師』(けいてんよし)の場合とよく似ている。
平仮名混じりの注釈と書き下し文を配して、
難しい儒教経典を分かりやすく編集した『経典余師』。
江戸時代ベストセラーになった『経典余師』は、
逆にありふれた書籍だったからこそ、誰も研究者がまともに取り上げてこなかった。
その『経典余師』が自学自習という道を切り拓いた書籍で、
その浸透こそが学問への指向が強く、新たに文芸の読者にもなりうる
新たな読者が広範囲に登場したことを現しているのだと
鈴木氏は鋭く指摘している。
いずれもこれまで見向きもされなかった文学関係の史料を見直すことで、
新たな歴史像が提示されているのである。
歴史と文学をつなぐ研究は、
簡単なことではないが、魅力的といわざるをえない。