昨日の宇和島藩士三浦家文書の手紙のつづき。
宇和島には三浦家のゴッドファーザーこと、
7代当主三浦義信が健在。
義信は安永3年8月24日生まれなので、
手紙が書かれた嘉永5年には、何と数え年で80才。
4代にわたる藩主に仕えた義信も6年前に隠居していますが、
さしもに衰えが目立ちます。
手紙には次のようにあります。


父上様(義信)はどこも病気はないようですが、
高齢なので次第に介抱に手がかかるようになりました。
その上元之助(肇長男)も段々他の子ども並みに育ってきましたが、
平日の出来不出来があり、現在もやはり他の子どもよりは世話がかかります。
その上、年末の家事やら何やらでとても忙しくなりました。
さらに年が明けると、おとせ(静馬妻)と下女が流行風邪をひいて寝込んでしまい、
お仲(肇妻)はもう大忙しになりました。


手紙を読むと、これが150年以上前の手紙とは思えないくらい。
年末から正月にかけの女性の忙しさは昔も今も変わらないようです。
義信はこの翌年に生涯を閉じます。