今日は再び山川菊栄
武家の女性より
幕末水戸藩の上級武士のすまいを記した部分。


家老の家などになりますと、
門脇の左右には何十間もある長屋が続き、
門のつき当りには二間もある大玄関につづいて十畳ぐらいの次の間と、
その奥に広い書院があり書院には廻り縁がめぐらせて庭を見晴します。
石灯籠、築山、泉水、苔のついた庭石、
といった型通りの、
しかし静かに物さびた景色です。
次の間に続いてもう1室、
八畳か十畳があり、
これに広い台所がついて一棟となり、
男客は書院に通し、酒肴等もそこで出し、
取次も給仕も家来がやるので、よほど懇意な仲か、
親戚でもなければ奥さんやお嬢さんの顔を見ることはないでしょう。
家族は、渡り廊下をへだてて別棟の、
王朝時代ならば対の屋とでもいうように建っている住まいの方にいて、
書院すなわち応接間とは無関係です。


御三家の一つ、水戸藩の上級武士のすまいですが、
さすがに立派なものです。
ただ、それが中級武士(200〜300石)になると、
構えは武家屋敷で仰々しくても、
貧乏なのでガランとした感じで寒々しいと書いています。
また、幕末水戸藩では政治紛争が激しく、
多くの犠牲者がでて、家の取り潰しもいたるところでたので、
荒れ果てたお化け屋敷のような家が多かったようです。