ブログをさぼっていた間は、まじめに働いていました。関西方面と東京方面に出張もあり、いろいろなものを見て、いろいろな本も買いましたが、それを書く心の余裕がありませんでした。出張中の写真より、龍野駅前の1枚だけ紹介。

現在は交流広場になっているが、よく見ると、〒マークが入ったモダンな建物。龍野は城下も含めていろいろ興味深い建築がありそうでした。


ところで最近、『伊豫乃松山』という雑誌のバックナンバーを見つけました。昭和5年に創刊されていますが、昭和9年の13号まで手元にコピーをとりました。発行兼編輯人を見ると、愛媛縣松山市役所内井門五十橿とあり、創刊号には当時の松山市長御手洗忠孝が「創刊に際し」という文章を寄せています。松山市が深く関わった雑誌でしょうが、現在の市の発行している広報誌のような味気なさ(?)は微塵もありません。それぞれの書き手が昭和初期の松山をいろいろな側面からとらえており、歴史的資料としてなかなか面白いのです。しばらく、この雑誌の目次や内容を紹介していきたいと思います。