そのうちの一つ。
宇和島城追手門の石垣だった石。

民家にへばりつくように立ち、
現在は「国宝 追手門旧蹟」の文字が刻まれています。
追手門は宇和島城の正門になります。
地元では「おたもん」とも呼んでいたそう。
残念ながら国宝にも指定されたこの門は、昭和20年7月の宇和島空襲により焼失。
現在はこの石だけがのこっています。
ちなみに焼失前の写真が残っているので紹介しておきます。

明治35年頃の写真のようです。
左手には多聞櫓があり、堀も残っています。