この出張中に宮脇俊三さんの増補版 時刻表昭和史

増補版 時刻表昭和史 (角川文庫)

増補版 時刻表昭和史 (角川文庫)

を読み終わりました。
この本は宮脇さんの自分史、自己形成史になっています。
そのことについて、
あとがきにタイトルをみて、
概説的な時刻表通史を期待した読者には申し訳ないと宮脇さんは記していますが、
私は逆で本の中にたくさん時刻表があったので、
概説的でおもしろくないのかなと思ってこれまで敬遠していたのでした。
自分が見たこと、経験したことにこだわって書かれているので、
細部の描写がとてもリアルです。
例えば蒸気機関車の思い出。


『小學國語読本』の「清水トンネル」は早春の旅を描いているが、
私が乗ったのは真夏である。
天井には扇風機が首を振りながら回っていたが、
たいして利き目がないので窓を開けると蒸気機関車の煤煙が入ってくる。
二等車の窓には目の細かい網戸が入っていたが、
これを下ろすと窓外の景色がよく見えなくなるし、
粒の大きい石炭滓は防げても砂のように小さいのや煙は容赦なく進入してくる。
眼に石炭滓が入る。
瞼の裏がゴロゴロする。
(中略)
石炭滓が入ると、つい手で眼をこする。
母が「目玉を傷がつく」と言ってその手を払う。
ハンカチを取り出して端に唾液をつけ、
私の瞼を裏返して拭う。


蒸気機関車乗ったことがある人にとっては、
当然知っていることなんでしょうが、
宮脇さんの文章はすべて実感がこもっています。
その他、駅弁のミニチュアのような薄い木の折りに入った
アイスクリームの記述など、貴重な証言が数々含まれています。
大事件は記録が残りますが、
特別ではない普通日常にあったようなことについては、
なかなか記録が残りません。
それだけに大好きだった鉄道に関する宮脇さんの記憶は、
単なる自分史としてだけでなく、
より普遍的な歴史の証言として輝きをもっています。