良質なノンフィクション

子規記念博物館発行の『子規博だより』の最新号、
第28巻1号を見ると、
黒岩比佐子氏の文章が掲載されていた。
今年の年末には、
NHKのスペシャルドラマ「坂の上の雲」が放映されるので、
日露戦争関係の文章かと思ったが、
そうではなく、
国木田独歩が編集したグラフ誌で
働いた謎の女写真師を発見した経緯を記したものであった。
その女写真師は大洲出身の日野水ユキエ。
半年間をかけた地道な調査による発見であった。


そして、ちょうど今、
黒岩氏のデビュー作音のない記憶―ろうあの天才写真家井上孝治の生涯を読み終えた。
こちらはろうあの天才写真家、井上孝治の生涯を追ったもの。
幼い頃事故により聴力を失った井上は、
カメラ店を営みながら、
昭和30年代の福岡や返還前の沖縄を撮影している。
紹介されている街並みや市井の人々の写真は、
秋田を撮影した木村伊兵衛の写真を思わせる。
井上は数々のコンテストに写真を応募し、
入選を果たしているが、
福岡や沖縄を撮影した数々の写真は、
コンテスト用ではなかったせいか、長い間発表されることはなかった。
それが福岡の老舗百貨店の「思い出街」キャンペーンにより、
初めて公表され、多くの人々に受け入れられていく。
そうした井上の人生を丹念に追ったノンフィクションである。


この本がどれほどの取材の上に成立しているのかは、
巻末に掲げられた参考文献、取材協力者の圧倒的な数が物語っている。
なかでも井上の沖縄撮影に人種を越えて協力した、
アメリカ軍人、ソロモンを追跡した部分は短いながらもスリリングだった。
細かい糸をたぐるように捜索しているが、
それでもついにソロモンを見つけることはできない。
しかし、こうした妥協のない調査の積み重ねが実を結び、
編集者国木田独歩の時代 (角川選書)では、
日野水ユキエの発見につながったのだろう。
良質なノンフィクションを生み出すのは並大抵のことでない。
それだけに、
『子規博だより』などで紹介されることで、
日野水ユキエという
明治時代の先進的な女写真師を取り上げた
編集者国木田独歩の時代 (角川選書)のことを
愛媛でももっと知ってほしいと思った。